【レポート】漫画の現場を、読者に体感してほしい――!!「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」
東京、世田谷文学館にて、漫画家・浦沢直樹先生の初の展覧会が1月16日から3月31日の期間、開催されている。
浦沢先生によるプロデュースのもと、展示作品の選別、展示方法、展示物の製作まで、様々な趣向が凝らされ、来場者を迎えてくれる。会期中はトークイベント、浦沢先生ご自身のバンドによるライブなども開催され、単行本一冊丸ごと分の原稿展示をはじめ、ストーリーの構想メモ、ネーム、秘蔵のイラストやスケッチ、少年時代の漫画ノートまで、膨大な量が展示され、浦沢先生の漫画に対する熱い想いが伝わってくる。
展覧会に先立ち、浦沢先生の会見が行われた。
――展覧会名「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」は誰が考えたのでしょう?
浦沢直樹(以下、浦沢):僕です。かっこいい感じは嫌だったんですが、かといって泥臭いのも嫌で、名前を聞いたときにクスクスっと笑ってもらえる名前にしたくて。50年描き続けてきたので、そんなタイトルがいいかなと。
――膨大な量の作品の中から選んだ展示物でさえもかなりの量ですが、それらを選んだ決め手は何ですか?
浦沢:悩んだらおしまい、という感じで、パッと思いついたものを選びました。『YAWARA!』の展示原稿は、第一話目と、柔対さやか戦がパッと頭に浮かんで選んだのですが、他からも選ぼうと単行本を読み返そうとすると、これだけ時間が経過した現在ではただの読者になっていますから普通に読んでしまって選べないんです(笑)。なので、読み返さずに記憶だけで選びました。
――展覧会でお客さんに一番見てほしいところはどこですか?
浦沢:今回の展示では漫画原稿を一枚一枚の額縁に入れるのはやめようということにしたんです。読者の皆さんが普段読んでいる雑誌やコミックスの見開きの形で展示しようと思いました。
原稿を単行本一冊分丸ごと展示して皆さんが普段手にしている漫画というものがどういう形でできているのか体感してもらおうと。何が元になって皆さんが普段楽しんでいる漫画が完成しているのかを体感してほしい、というのが一番のコンセプトです。
漫画は本来、手に取ってカジュアルに楽しむものであって、このように展示してみるものではないと思います。が、漫画とはもともとどういうものだったのか? どうやって作られているのか? というのを辿っていただくことで、読者の皆さんに新しい見識を作っていただけたらと思います。
――展示された作品の中に「これが辛かったな」と思い出に残っている作品はありますか?
浦沢:ここに展示されている『MONSTER』の最終回原稿を描いていたときなんですが、顔じゅうの粘膜に抵抗力が無くなって顔が倍くらいの大きさに腫れ上がってしまって。ひどい体調不良の状態で描きあげて、その数か月後に肩を壊して描けなくなってしまいました。そのときの執念のようなものが原稿に宿っていて、自分で見ていて気持ち悪くなります(笑)。
――サブタイトル「描いて描いて描きまくる」の、描く原動力はどこからきているのでしょう?
浦沢:五歳の時、手元にあった手塚先生の『鉄腕アトム』と『ジャングル大帝』を模写していたことを原点と考えると、“手塚山脈”に登りたいと思っていた子供がここまできてしまった、という感じでしょうか。登り切ったか? と聞かれると、ぜんぜん登りきれていませんね。ハイキングコースをうろついているくらいだと思います。
――NHKで放送中の番組『漫勉』内でも執筆中の姿と原稿を公開されていますが、執筆の工程や現場を積極的に公開しようとすることにどんな意義を込めていますか?
浦沢:読者にとって週刊というスパンで漫画が届くのは日常になっていて、まるでご飯を食べるように漫画が読まれています。
果たして漫画はどうやって作られているのか? 大量の漫画が、日々皆さんのもとに届けられていて、その陰では漫画家たちが日々命がけで漫画を描いている。そんな命を削って作られる漫画がどういう現場で作られ、どうやって皆さんの元に届くのかを知るというのは、お米がどうやって作られているのかを知るのと似ていると思うし、それってとても大事なことだと思うんです。それを読者の皆さんに少しでも紹介できたらな、という想いで『漫勉』をはじめ、公開させてもらっています。
――子供時代や学生時代に描かれた作品も数多く展示されていますが、会場に集まるファンの皆さんに見ていただくのはどんな気持ちですか?
浦沢:さすがにこの歳になると小学生時代に描いた作品が恥ずかしくて出せない、という気持ちは無くて、小学生の自分を見て「この子、頑張って描いてるな」という感じです(笑)。
ルーツはどこからきているのか? というのを知ってもらったうえで、こんなに絵柄が変わったのか、とか、もともとこんな絵を描いていたのか、と、時間の流れとともに変化していく様を見つけてもらえたら面白いかもしれないですね。
――世間では浦沢先生は「天才」や「鬼才」といった印象で通っているかと思いますが、そんな浦沢先生が定義する「天才」を一言でいうと?
浦沢:自分が思いつかないようなことを思いつく人のことを天才だと思いますね。うわ、よくこんなこと思いつくな! と思うと、学生であろうと「おまえ天才か!?」と思います。
――各作品のキャラクターの喜怒哀楽の表情をクローズアップした展示物があり、浦沢作品のキャラクターに読者の感情を揺さぶられますが、ご本人としてはどのように感じていますか?
浦沢:『YAWARA!』、『Happy!』、『MONSTER』、『20世紀少年』といったジャンルが違うものをよくこれだけ描けますね、と人から言われることがありますが、僕にとって全ては人間がやっているドラマ。人間が行き交うと色んなドラマが生まれるということを心がけて描いているんです。そこに笑いや恐怖や涙があるのは人間の営みで、そこをちゃんと描かないと、と思っていますね。
――漫画やイラストの中にたくさんの音楽作品がフィーチャーされており音楽へのリスペクトが伺えますが、展覧会イベントでもある浦沢直樹バンドのライブへの意気込みを聞かせてください。
浦沢:会期中に、浦沢直樹バンドのセカンドアルバムが発売されるのですが、一年以上前から展覧会開催の企画があがっていたので、展覧会に合わせて皆さんにニューアルバムを届けたい気持ちをモチベーションにアルバム製作しました。
バンドメンバーともいい関係が築けていて、去年の夏に非常にいいライブができた状態をキープしたままライブイベントに挑めそうです。
――展示されている学生時代の卒業文集に「10年後に漫画家になったら忙しくて死にそうになっている」と書かれていますが、今読んでみていかがですか?
浦沢:予言の書ですね(笑)。(※予言の書:『20世紀少年』の中に登場したストーリーギミックのひとつ)
「浦沢先生の作品には、人間の怒り、憎しみ、悲しみといった文学に通じる表現がなされており、文学館にふさわしい展示になっています」と世田谷文学館もコメントしており、多くの来場者を迎えてくれる。
ここでしか見れない浦沢直樹先生の熱い想いを体感しに行けるのは、今しかない。
浦沢直樹 うらさわ・なおき
漫画家。1960年、東京生まれ。1983年、『BETA!!』でデビュー。
スポーツものからSF、ミステリーまで、幅広いジャンルの漫画作品で読者を魅了し続け、世界的に人気が高い。手塚治虫文化賞、メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、アングレーム国際漫画祭最優秀長編賞(フランス)をはじめ、数々の漫画賞を受賞。最新作『BILLY BAT』(ストーリー共同制作:長崎尚志)を「モーニング」で連載中。
浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる
・会場: 世田谷文学館2階展示室(東京都世田谷区南烏山1-10-10)
・会期: 2016(平成28)年1月16日(土)〜3月31日(木)
・休館日: 月曜 ※ただし、3月21日は開館、翌3月22日休館 ・開催時間: 10:00~18:00 (入館は17:30まで) ・入場料: 一般800円/大・高生・65才以上600円/中・小生300円
最新情報は公式サイト、またはtwitter (@SETABUN)にて確認を。
(取材・執筆: Hosaka) 関連記事: 展示総数1000点以上!「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」1/16~開催。ボブ・ディランを語るトークイベント等
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