top of page

塚本晋也×今日マチ子 映画「野火」クロストーク <今、戦争について考えるということ>


2015年11月22日、東京都多摩市のパルテノン多摩にて、「第25回映画祭 TAMA CINEMA FORUM 映画『野火』トークイベント <今、戦争について考えるということ>」が開催された。

ゲストは、「野火」で監督と主演を務めた塚本晋也さん、「cocoon」、「アノネ、」、「ぱらいそ」、「いちご戦争」といった少女と戦争をテーマにした作品を手掛ける漫画家・今日マチ子さん、MCを、編集者、評論家である荻上チキさんが務めた。

独自の戦争観を持つ稀代のクリエイターによるクロストークで浮かび上がる戦争像とは?

塚本晋也監督 ※「野火」は第25回映画祭 TAMA CINEMA FORUM特別賞を受賞

――大岡昇平さんの原作小説を映像化するため長い間企画を温めていたそうですが、思い入れを聞かせてください

塚本:小説を初めて読んだのは高校2年くらいで、本格的に作ろうと思ったのは30歳を過ぎてからです。製作費が集まらず、企画はずっと先延ばしだったのですが、世の中の風潮に不思議なきな臭さを感じ始めて「今作らないとチャンスが無くなるぞ」という危機感をもって製作に踏み出しました。

――原作にも「再び戦争のにおいがきている」と描かれていますが、どういったものを観客に伝えたかったのでしょうか

塚本:70年前に起こった戦争ではなく、「今、目の前で行われている」という恐怖や危機や臨場感を観客に体験してもらいたかったです。自分が原作を読んだとき小説の世界を追体験したいと感じて「これは本当にあったことですよ」とお客様にも感じてもらいたかったですね。 主人公・田村は、「パロンポン(※フィリピンに実在する都市)に行けば助かる」という出所のわからない情報を頼りに行動しますが、命令を出す上官もなく、敵もまったく見えず、いつジャングルのどこかから弾が飛んでくるかわからない状態にある。巨大な自然を背景にした密室劇のような「なんで自分たちはこんなことをしているんだろう」という不条理さも、描きたかったことのひとつです。

――今日先生の、映画『野火』を観た感想を聞かせてください

今日:映画館で『野火』を見終えた直後、かなり打ちのめされてフラフラになりました。うっすらと「戦争反対」みたいなメッセージ作品だろうと、舐めてかかっていましたね。全編に漂う「いつ終わるんだろう」という田村の気持ちが自分にも圧としてかかっていたので、解放されたとき、ふわっ~とした気持ちになりましたね。「戦場で無駄に動いて、何のためにやってるんだ?」という田村の気持ちをずっと考えていました。 

――塚本監督は今まさに、今日先生の作品を一気に読んでいるそうですが

塚本:実を言うと、3年前、お金がないので『野火』を鉛筆描きのアニメーションで一人で作ろうと考えたんです。ものすごく綺麗な絵のアニメにするか、ふにゃーっとした絵で人が壊れちゃうアニメにするか、どっちかにしようかなと考えていたんですよ。 そのとき、ある本でずっと頭に残る絵を見つけて、そのページを切り取って飾ってたんですが、それが今日さんの絵だったんです。その絵は戦争の絵ではないし、今日先生が戦争漫画を描いていると知らなくて、後から戦争漫画を描いている人を調べたら「あ、同じ絵の人だ!」と。非常に面白い入り方から作品を読ませていただいています。

――今日先生の作品も、鮮やかなブルーと少女たちの可愛らしさと戦争の残虐さと、塚本映画と違ったコントラストが強調されています

今日:『野火』に一番近いのは、『cocoon』という沖縄戦を描いた作品と、『いちご戦争』という南方の戦線を描いた絵本だと思います。 『野火』の原作は怖い怖いと色々な人から聞いていて、映画を観るまで読むのは止めていたんですが、2015年の時点でみんなの心にヒットするのは塚本監督の『野火』なのかなと思いました。色彩の美しさを堪能できるのが映画の良さで、自然の美しさが人間の愚かさをよくあらわしていると思います。美しさにもかかわらず人間は何をやっているんだろう、と。

『いちご戦争』(今日マチ子 河出書房新社)

――我々は戦争を体験していない世代ですが、戦場をさ迷うという体験を、塚本監督はどんな想いで描きましたか?

塚本:撮影そのものは非常に実作業らしく、淡々と行われました。何かを思索しながらやるというより、なけなしのものを皆様に見ていただくのに一生懸命で、それがぎりぎりで。 僕は戦争が終わって15年後に生まれた、比較的戦争に近い時代の人間なんですが、それでも高度成長期のさなかで、自分から調べないと戦争についてはわからなかったんです。でも調べてみると色々なことが見えてきたし、自主配給した作品を公開して廻っていると戦争体験者から感想を聞いたりして、どんどん戦争像が立体的になっていきました。 「こんなこといくらなんでもないでしょう」ということが普通に起こってて、それが今、無いようにされてしまうのが一番怖い、これは本当にあったことですと映画を通して言えることができてよかったです。原作の素晴らしさを改めて感じていますし、そういう作品は読み継がれなければと思いました。

――今日先生は、どんな想いで戦争作品の創作に臨んでいますか?

今日:すごく難しいんですが、命を落とした人や犠牲者が実在する史実をエンタメにしていくというのに毎回良心の呵責を感じていて、それと戦うのが大変ですね。 常に、これでいいのだろうか? 死んだ方々はこれで納得するのだろうか? と、毎回闘うんですが、それでも作った方がまだいいだろうと思って作っています。

――戦争をモチーフにした作品を1作品で終わらせない理由は?

今日:毎回書けば書くほど、犠牲者の人たちの気持ちを絶対に一言で表現できなくて、ひとつ描くごとにまたひとつ疑問が生れていきます。描くごとにまた違う戦争に一歩近づいているのではないかという恐怖があって、もう一度新しいものを描いてみようと思います。 映画ではあらゆる身体の部位がぐちゃぐちゃになっていく描写がされていますし、実際の戦争でも肉体を欠損する体験をしている方がいます。関ヶ原の戦いをリアルに語る人はもういませんし、太平洋戦争が痛いものであったというのを映画や漫画を通して自分たちに刻みつけていくのは今しかない、と。

――今日先生が、戦場での女性を描く理由とは?

今日:戦争を描きたいというのとはまた違うんですが、少女期にすごく興味がありまして。私は少女は常に戦っている状態に置かれていると思っていて、そこに本当の戦いが絡んできたとき、どう大人になっていくのか? と考えながら描き続けています。常に心のなかに戦闘が起きている状態を、もう一度戦争に置きなおしてわかりやすく見せているという感じですね。 中学生や高校生って、いつも戦っている気がしませんか? ”自分”と”敵”がいるという感じで、常に毎日が生き延びるのに必死みたいな。かなり飛躍しますが、そういう思春期の光景を、戦場に置きかえてみるという。

塚本:最初に戦争のことを描こうと思ったのはどういいうきっかけですか?

今日:今は自主的に描いていますが、最初は編集者から「ひめゆり部隊を描かないか?」と提案されて。そのときは戦争ものなんて絶対描きたくないと思っていたんですが、その編集者さんが戦争を通して少女性を描くという切り口を提案してくれましたね。

塚本:先ほど今日さんが、戦争を体験していないのに戦争を描いていいか葛藤があるとおっしゃいましたが、自分も戦争を描いていいか迷った時がありました。 戦争は今後も語り継がなければいけませんが、どう語り継いでいったらいいのだろうという課題があります。 自分はたまたま戦争体験者に関われる最後の世代だったので、体験者から話を聞いてお墨付きを頂いたような形で作ったんですが、戦争体験者から話を聞けなかったら作れないのか? と思っていたとき、今日さんのような若い方の描いた戦争作品が評判になっていると聞いて興味を持ちました。 『cocoon』だけで3回読んでいるんですが、読めば読むほど恐れず戦争のことを描こうと思います。戦争体験って大事なことだけど、やっぱりちょっときついな、ちょっと勉強しなきゃな、と、だんだん作るのも読むのも難しくなってしまうのですが、ある種の娯楽性や興味をもって接していかないといけない、『cocoon』の世界観のように恐れずにやっていくのが大事だと気付かされました。

『COCOON』(今日マチ子 河出書房新社)

――ここで会場にお集まりのお客様からの質問です ――「1959年に製作された、市川昆監督の映画からの影響はありましたか?」

塚本:市川昆監督は大好きな監督で、高校時代、8㎜映画で市川監督の作品をあざといくらい真似した映像を作るほどに影響を受けています。 『野火』に関しては、市川監督はフィリピンでロケをせず全て日本で撮影していて、自然の風景より濃密な人間のありようにテーマを絞っていますが、自分は原作を読んだ時、まず大自然の美しさありきでした。僕の場合、自然の中に人間が「ぽつん」といる感じで、感受性の入口が違うかと思います。 あと、当時は戦争体験者が映画製作していて「そこまで描かなくてもいいでしょう」ってルールがあったと思うんですが、今は戦争体験者がいないのでかなり過剰に描きました。戦争を知らない僕たちのような人間は、ハンマーで叩いて目を覚ますくらいの力がないとダメかな、と。

――「塚本監督は今作で役者も務めていますが、役者として苦労した点は?」

塚本:これはもうこっぱずかしいですね、ごめんなさいって。ただ痩せて鬚をはやしてちょっと日焼けして何十年分の思い表現するという俳優もカメラもひとつになってただやるという感じでした。 本当は、主役は自分じゃなければいいなぁと思っていましたが、主役は100日間拘束されるんですね。リリーさんは5日、中村達也さんは2週間くらいの撮影期間なんでケアできるんですが、ゲストを100日間拘束して、ハエをたからせてジャングルを走らせて、っていうのができなかった。自分だったら、いくらジャングルを走ってもハエがどれだけたかってもよかった。ただ、それを言い訳にしちゃいけない、それでこそ良かったとしなくちゃいけない、お客さんが田村と一体化して戦場を体験できる芝居をしようと臨みましたね。 ごく普通の男が戦場の状況に置かれたらこうなっちゃった、という観点でやりました。

――「今日先生にお伺いします。漫画と映画の違いについてどう思いますか?」

今日:映画はたくさんのスタッフと予算がかかって大変だなと思います。漫画は自分ひとりがいればできるというのはありますが。 映画は、たくさんの人と人が出会って新しいものが生れていくんだろうなと羨ましく思いますね。 それと、映像として美しい自然が入ってくるのがいいなぁと。漫画だと自分の画力次第なので。

塚本:今日さんの作品は、非常に映画的なコマ割りを意識していらっしゃいますよね。

今日:そうですね。映画は好きで脚本術やカット割りの本を読んでて、もしかしたらそれらの影響もあるかもしれません。私の「今日マチ子」という名前も女優の「京マチ子」さんから取っているので、映画好きですね。

塚本:僕は小学生のとき漫画家になりたくて、絵の力にものすごく憧れてました。今日さんの絵のタッチや読むスピードをお客様にゆだねているところもすごく興味深くて 色々な思いを感じながら読ませていただきました。映画は必然になるように推移はかなりあげておいて、ただ必然のまま予定通りいくとちょっとつまらないところもありまして。思いっきり推移をあげたうえでたまたま映ってしまう偶然は大歓迎ですが。それがアニメーションとは違いますね。アニメーションは最初に細かく決めて、描きつぶしていくものですから。

――「塚本監督と今日先生が、作中の人物に自分を重ねるとしたらどの人物ですか?」

塚本:僕は、田村かな。一番ニュートラルで特色のない普通の人間なので。 ただ、作中の全てのキャラクターに愛情を感じてますから、全キャラクターに分散して気持ちが重なりますね。

今日:私は、登場人物というほどではないんですが、田村が「俺もいつかああなるのか」と恐怖した、ウジまみれの死体なんです。私はとても根暗な性格で、毎日自分が死ぬシーンを色々なバージョンで考えている人間でして。絶対自分は主人公じゃない人間だからいかにして死ぬかと考えたら、あのウジが出たり入ったりしている死体かなと。

塚本:それは想定になかったですね!!

――「素晴らしい作品を作ってくださってありがとうございます。今後も日本人に警鐘を鳴らすためにも作り続けていただけたらと思うのですが、日本人はどうして同じことを繰り返してしまうのか、監督の考えを聞かせてください」

塚本:何でこう同じことを繰り返すのかなと言うのは、私も最近特に感じています。人間の本能のなかに暴力的なもの、支配する欲望、ボスでいなければいけない欲望というのが終戦後の70年間、あまりにもひどいことがありすぎた記憶がくっきりあります。そのトラウマが薄れてきたころ、待ちかねていた人たちが「はいはい、だいぶ記憶がなくなりましたね」とどんどん出てきたような。それで利益を得るのは一部の人たちで、それに対して一般の人たちは常に反対しないと死ぬのは自分たちです。死ぬのは最悪のことで、反対するのは当たり前なことなのですが。 なんで同じことを繰り返して騙されちゃうんだろう、というのは原作にもありまして、「また国のある特定の人たちの利益のために騙されたがっている人がいるらしい」と50年前に書かれた小説にも文章でくっきり書いてありますね。 本当にこの動きはなんとかしないと、とつくづく思います。 自分の好きなことと、戦争に反対することをきっちりと課題として掲げていかないといけない時代になっちゃったなと思いますね。 本作も、どれだけの人に見ていただけるかもわからなかったんですが、すごく情熱を示してくださるお客様がいて、本当によかったとほっとしました。

――本日はありがとうございました。

塚本:ありがとうございました。

今日:ありがとうございました。

※ 映画「野火」は2016年1月2日~1月19日まで 渋谷アップリンク 【見逃した映画2015】特集で上映される。

■映画『野火』 予告編

© SHINYA TSUKAMOTO / 海獣シアター

【ゲストプロフィール (映画祭HPより)】

<塚本 晋也> 1960年生まれ、東京都出身。『電柱小僧の冒険』(87年)でPFFグランプリ受賞。『鉄男』(89年)で劇場映画デビューし、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。主な作品に『東京フィスト』(95年)、『バレット・バレエ』(98年)、『双生児』(99年)『六月の蛇』(2002年)『ヴィタール』(04年)『悪夢探偵』(06年)『KOTOKO』(11年)。俳優としても活動し、マーティン・スコセッシ監督『サイレンス(原題)』(来年公開予定)に出演。本年公開の『野火』は第71回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品された。

<今日 マチ子> 漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題に。「cocoon」、「アノネ、」、「ぱらいそ」、「いちご戦争」といった少女と戦争をテーマにした作品でも評価を受ける。 4度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門受賞。近著に「ニンフ」「吉野北高校図書委員会」。juicyfruit.exblog.jp/

<荻上 チキ> 1981年生まれ、兵庫県出身。評論家・編集者。ニュースサイト「シノドス」編集長。TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」のキャスターを務める。メディア論を中心に、政治経済や福祉、社会問題から文化現象まで幅広く取材し分析。著書に「ネットいじめ」(PHP新書)「社会的な身体」(講談社現代新書)「いじめの直し方」(共著、朝日新聞出版)「夜の経済学」(共著、扶桑社)「未来をつくる権利(NHK出版)など。

■映画「野火」公式HP (執筆: Hosaka /撮影: Osawa)

後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
bottom of page