『宇宙戦艦ティラミス』原作者、宮川サトシ インタビュー! "宮川サトシの頭の中 ~ギャグ漫画は俺の聖域だ!!~"
web漫画サイト「くらげバンチ」で新連載スタートしたSFギャグ漫画『宇宙戦艦ティラミス』が大きな話題を呼んでいる。 引きこもり体質の戦闘ロボットのパイロット、スバル・イチノセが、敵ロボットではなくコックピットに引きこもるのを邪魔するものと死闘を繰り広げるという、壮大な宇宙を舞台にした四畳半ギャグ漫画。なぜ宇宙で引きこもり!? コックピットで串カツを食べる!? このシュールすぎるギャグ漫画の原作を担当するのが、『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』、『東京百鬼夜行』の作者、宮川サトシ先生だ。母親を亡くした直後の喪失と悲しみを実体験をもとに鮮明に描いた『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』や、自意識過剰で恥ずかしい自分を持て余す妖怪を描いた『東京百鬼夜行』とはかけ離れた作風に、ファンは意外性を禁じ得ない。 そこでCHATTERBOXでは、宮川サトシ先生にインタビューを試みた!宮川サトシの本質はギャグなのか? シリアスなのか? 宮川サトシ先生の頭の中、覗かせていただきます!!
◆『遺骨』は、当時の気持ちを記録するつもりで描いた◆
―まず、インタビューするにあたって過去の作品から現在に至るまでの心境を辿ってみたいと思います。
宮川サトシ(以下、宮川): 製作した順番としては、『東京百鬼夜行(以下、『百鬼夜行』)の読み切りを描いて掲載されたときに母が亡くなって、気持ちの整理がついてから『母が亡くなった時、僕は遺骨を食べたいと思った。(以下、『遺骨』)』を描きました。『百鬼夜行』が月一連載だったんですが、隔週連載の『遺骨』の執筆が『百鬼夜行』を追い越してしまい、先に『遺骨』が刊行になりました。
―『遺骨』はエンタメというより個人的な記録に近くて、そこがよりリアルで読者の共感を呼んだ作品でしたが、どういった心境で描いてましたか?
宮川:当時、自分と同じ境遇の人たちがどんなことを考えていたのか知りたかったし、仲間が欲しかったんです。「俺、こんなに悲しいんだけど、同じような人、いる?」みたいな気持ちで。 僕の妻も早いうちに母親を亡くしてるんですが、亡くしてからだいぶ時間が経って心境も変化してて、亡くしたばかりの人間とどうしても気持ちが一致しない部分があって。 同じように母親を亡くしている人のエッセイや漫画を探して読んでみると、亡くなるまでのエピソードを起承転結で描いてて、最後に「母ちゃん、俺、がんばって生きるよ」みたいな前向きな気持ちが結論として描かれていたんですが、当時の自分はまだそんな心境になれなかった。 それよりも、お葬式の様子や、母を亡くした直後は具体的にどんな気持ちになるんだろう? ということが知りたくて、その時の気持ちを描き残したいなと。それで、当時は漫画家でも何者でもない人間の記録なんて誰も読みたがらないだろうから自分に向けて描いたものを、当時の担当さんが拾ってくれました。 僕はドキュメンタリー作品が好きでよく見るんですが、見ていると心臓がドキドキするんです。「本当のことが知りたい」って気持ちがあるからなんでしょうか。だからエッセイやドキュメンタリーは読むのも描くのも大好きです。そういう性分だと作家としてやっていくのは難しいかもしれませんが、今はリアリストとしてやっていきたいなと。
『宇宙戦艦ティラミス』のネームと実際の仕上げ原稿
◆美形キャラを”汚してみたい”◆
―『宇宙戦艦ティラミス(以下、【ティラミス】)』では、「原作:宮川サトシ」と初の原作者という役割を担ってますが、感触はいかがですか?
宮川:非常にラクです(笑)。僕はもともと絵を描くよりもネタを出すほうが好きだし得意だったので、今の役割はすごく楽しいです。
―作画を担当している伊藤亰先生とは、どんなやりとりを経て作品を完成させているんでしょう?
宮川:製作の手順としては、まず僕が書いた初期ネームを伊藤先生に転送して、それを伊藤先生が自分の絵で新たにネームに起こし、僕がそこへ赤ペン指定して、伊藤先生が作画を行って完成、というリレー方式です。 伊藤先生は本作が初連載の方なんですが、僕が編集さんと行っている初期ネームのやりとりも、「全て見させてください、勉強になるので」と製作に深く関わってきてくれています。『ティラミス』の笑いってキャラの表情からくる”顔芸”が売りなんですが、ネームと絵が合致せずサムい笑いのケミストリーになってしまったときは徹底的に相談して直し合っています。非常に信頼のおける作家さんです。僕なんかが人間3回やり直してもあの美麗な絵は描けないと思います。腱鞘炎になるまで原稿に集中する姿勢は尊敬に値します。
―『ティラミス』が発表されたとき、絵があまりにも美しくて、過去の宮川先生の作品とのギャップがすごいです。
宮川:初めて読んだ伊藤先生の作品にも美しい顔をしたキャラクターが登場したんですが、そういう綺麗な顔をした人を「汚してみたいな」と思いまして(笑)。美形キャラって、トイレに行ったり鼻くそをほじったりするところが削ぎ落とされて描写されちゃうから、「おまえらだって人間だろ!」と異議を感じていたんです。人間くさいところを描いて、奥ゆきのある人間性や愛おしさを感じてもらえるキャラにしたいなと思ってます。 僕の漫画の師匠である、おおひなたごう先生から、「すべてを3倍にして描け」というやり方を教わりました。たとえば鼻くそをほじったら3倍の大きさの鼻くそが出てくるみたいな。コックピットの中で串カツを食べたら剥がれた衣が飛び散って大惨事の描写も3倍のアツさで描いてます(笑)。
◆宮川サトシ流、創作論『遠いもの同士を「=」する』◆
―コックピット内で串カツを食べた作品はSF史上初だと思いますが、日常の「あるある」ネタを、なぜよりにもよってSF設定に絡めたのでしょう?
宮川:僕は車に乗って高速道路を運転中に、助手席の床に空き缶が転がってるのを気にしていたら前の車にぶつかりそうになった経験があるんですが、そういう経験ってドライバーには「あるある」なんですね。そういうシチュエーションって、車だろうが戦闘ロボだろうが存在してて、ロボットアニメではそういう描写を描いてないだけなんですよ。だから、僕からしてみたら戦闘ロボのコックピットはぜんぜん日常の空間になり得るんです。
そういう日常シチュエーションをネタとして固めたあとで一度発想をジャンプさせて、『車の中』という設定から”一番遠いところ”を考えてみたんです。それが『宇宙』なんですね。 『車の中』と『宇宙』という、最もかけ離れたもの同士を「=」してみせるんです。こういう、かけ離れているもの同士を「=」で結ぶ方程式を普段から考えているんです。そうやって、『車の中』と『宇宙』を結んでみたら、『串カツ』がアイテムとして登場して、ああいったエピソードが生まれたんです。
◆ ガンダムを観て「そんなのおかしいよ!」から『ティラミス』が生まれた◆
―『宇宙』のほかにシチュエーションは思いつきましたか? 例えば『深海』や『原始時代』みたいな。
宮川:いや、『宇宙』一択でした。『ティラミス』の前に、プロトタイプにあたる作品を描いたんですが、それが『機動戦士ガンダム』を観て感じたことが元ネタだったんです。
子供の時、ガンダム作中で自分がもし乗るとしたら一番に乗りたいのはガンダムで、二番目がガンキャノン、ガンタンクは下半身のタンク部分に乗ったらすぐ死にそうだから三番目だなって思ってたんですよ。アムロたち四人のパイロットがそれぞれのモビルスーツに乗り込みますけど、アムロは主人公だからガンダム、ハヤトは脇役だからガンタンク、みたいな、見えないヒエラルキー(序列)があると子供心に感じてて「そんなふうに勝手に決まっちゃうなんておかしいよ!」と思ったんですね。
本作ではそれを思い出して、「早い者勝ちでどのモビルスーツに乗れるか決める話があったら面白いな」と思いついたんです。これも『早いもの勝ち』と『SF』というかけ離れたもの同士を「=」で結ぶ方程式にあてはまるんですね。 敵が現れて「出動!」ってなったら、自分が乗りたい機体に我先に乗り込んで、「俺、今日ガンダム!」、「うわ! 俺、ガンタンクの頭のとこかよ!?」みたいな(笑)。
―いちおうあれはリアルな戦争のお話ですよね
宮川:そうですね(笑)。でもパイロットはみんな「死にたくない」って思ってるはずですよね? その点で言うとガンダムはボコボコ撃たれても死なないし、みんなガンダムに乗りたいと思うのが人情なんじゃないの? と思うんですよ。だから、もし自分がハヤトだったらアムロに睡眠薬飲ませてガンダム乗ります。もしくは、「二日連続でガンタンク乗って体調悪いから、今日ガンダム乗らせてくれない?」って仮病使います。じゃないと死にますもん、あの状況では。 そういう人間くさい心情が僕の描く漫画の”背骨”なんです。他にも、3機のヒーローメカが登場するお話で、髪型がかっこいい主人公が髪をセットするのに時間がかかりすぎたり、ドラクエのセーブポイントを探してる間に乗り遅れる、みたいな話を考えたりしてました。 そういうしょーもないネタを、伊藤先生の美麗な絵で描いてもらうと面白くなるんですよ。僕の『しょーもなさ』と、伊藤先生の『美麗な絵』という、かけ離れたもの同士を「=」するというね。
◆「頼むから○○を描かせてください!」と編集さんに土下座した、ギャグ漫画家としてのこだわり◆
――『ティラミス』第一話では串カツが描かれましたが、串カツ以外にネタは思いつきましたか?
宮川:宇宙と一番遠い食べ物ってなんだろう? と考えて、最終形態が串カツでした。他にもいくつか案があって、そのひとつが『ひつまぶし』だったんですが、「薬味が散らばるに決まってるじゃん!」と気付いてボツにして。次はお寿司を思いついて、シャリとネタがばらけてしまったなかで海苔に巻かれた玉子しか食べられなかったという話を考えましたが全然ウケなくて(苦笑)。それで、最終的に「ここはシンプルに串カツ一本で勝負しよう!」と決意しました。
ティラミスでは有難いことに編集さんから作品のダメ出しをもらうこともなく、やりたいネタをやらせてもらっています。そういえば『百鬼夜行』のときにひとつだけ思い出のダメ出しがあって。山みたいに大きな巨体をした妖怪のダイダラボッチが尿管結石を出すんですが、それが実は現在のエアーズロックでした、という回を描いたんです。でも「尿管結石はよくない」とダメ出しされてしまったんですよ。
―なぜダメだったんでしょう?
宮川:「尿管結石で痛い思いをした読者さんもいるだろう」という配慮だったんですが。 でもどうしても尿管結石を出したくて!そう思ってアシスタントさんに超美麗な尿管結石(エアーズロック)の絵を描いてもらって、電話口で「頼むから尿管結石を描かせてください!!」って編集さんに土下座しました。漫画を描いていくのであれば、こういうこだわりがないとやっていけないなと思います。
◆支えてくれる人と、読者との、関係性◆
―「笑い」は非常に主観的なものですから、「これでいこう!」とネタを決定するのが難しそうですが、決め手になるものはありますか?
宮川:妻と散歩しながら「こんなネタを思いついたんだけど」って漫画のネタを話すんですが。ふと通りがかったときに串カツ屋の看板が見えて「宇宙で串カツ食べたら……」って話をしたらケラケラって笑ってくれて、それで自信がついたりします。あと、描きかけの漫画を「読んで読んで~」ってお願いすると、いつも面倒くさそうにしながら読んでくれます。 他には、漫画家のおおひなたごう先生と飲みに行ったときネームを読んでもらって、「面白い!」がもらえると自信と勢いがつきます。「こんな設定の話を考えてるんですよ~」、「あ~、それいいね! ならこういうネタはどう?」って盛り上がると、ああ、これはいい設定だったんだ! とテンションが上がって飲みすぎて次の日アイディアを忘れているというオチがついて終了ですね(笑)。
―アドバイスをくれた人たちの反応がいまいちだったものは、後々、やはり出すべきじゃなかったなと思いましたか?
宮川:読者のリアルな反応というのは確かめたことがないので正直わかりませんが、でも僕は面白いと思って描いてます。絵も演出も下手だなって思いますが、アイディアの着眼点に関しては唯一褒められるところだと思ってますよ。『百鬼夜行』の小豆洗いのエピソードなんて、自分で言うのもなんですがすごい好きです。(※)
(※『東京百鬼夜行』第二巻に収録された第14話「豆洗い妖怪 小豆八郎」のエピソード。小豆洗いの仕事に精を出す八郎が、ドキュメント番組『熱烈大陸』に出演した中学時代の同級生を見て「俺はこのままでいいのか……」と葛藤する話。宮川先生の中学時代の同級生が実際に『情熱大陸』に出演したことがきっかけで作られた)
宮川サトシ先生が生み出すギャグ漫画の新境地『宇宙戦艦ティラミス』はwebコミックサイト「くらげバンチ」好評連載中。
『宇宙戦艦ティラミス』
原作:宮川サトシ
東京で暮らす地方出身の妖怪達の悲哀を描いたギャグ漫画『東京百鬼夜行』(新潮社/全2巻)で2013年デビュー。最愛の人を亡くした哀しみを描いて多くの共感の声を生んだ、くらげバンチ発のエッセイ漫画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(新潮社/全1巻)は、累計500万PVを突破し話題を呼んだ。
宮川サトシtwitter:https://twitter.com/bitchhime
漫画:伊藤亰
新潮社漫画大賞出身。圧倒的な画力で描かれる美麗なキャラクターとオリジナルの世界観が魅力の新鋭。
伊藤亰twitter: https://twitter.com/z0nk1_t
『くらげバンチ』 http://www.kurage-bunch.com/
(執筆:Hosaka/撮影:木瀬谷)