世界を揺るがす衝撃のベストセラー、ついに日本上陸。シャルリー・エブドのテロ当日に発売されたミシェル・ウエルベック最新作。
2022年、フランス大統領選。極右・国民戦線党首と穏健イスラーム政党党首が決選投票に残る。投票当日、各地の投票所でテロが発生し、国全体に報道管制が敷かれる中、フランスにイスラーム政権が誕生する。シャルリー・エブドのテロ当日に発売されフランスで50万部のベストセラーとなった新たなる予言の書、ついに発売。
〈現代社会を解く鍵〉
『服従』という作品を要約すれば、「何を見てもウエルベックを思い出す」ということになるだろうか。シャルリー・エブド事件と同じタイミングで出版された本作は、そうでなくともフランスの将来を予見したとして注目されたはずである。『服従』に書かれた事件、例えば、頻発するテロ、右派による過激なデモ、個人主義への懐疑の拡大といったことは、フランス人には新聞記事やテレビのニュースで日々お馴染みになっているのだから。 彼が描く場面は、フランス人の抱いている「将来への曖昧な不安」を反映し、それにリアルな形を与える。彼の作品に出てくるハイパーマーケットについての論文を書いた学者もいるほどだ。 「ウエルベックは現代社会の矛盾や人々の幻想を透視する稀な特質を備えている」(P・アスーリン、文芸評論家)、「イタリアでは、ウエルベックは我々の社会のあらゆる主題を残さず掬い上げる作家と考えられている」(T・クレミジ、フラマリオン社社長)、さらには「彼の診断力は欧州の不安の核心を容赦なく明らかにしている。社会の悪夢をここまで生々しく描いた作家は他にいない」(S・ケーゲル、文芸評論家)といった発言は、彼の現在の人気を物語っている。 フランス語で著作活動を行うイラン人女性作家、シャルドット・ジャヴァーンは、本書の刊行当日、『フィガロ』紙に好意的な書評を寄せていた。イスラーム文化圏でも欧米に倣った女性の自立を求め、『ヴェール、くそくらえ!』という挑発的な著書のある作家からすると意外に思われるが、彼女は、政治的イスラームのヨーロッパにおける台頭、拡大する脅威、そしてオイルダラーに屈するフランスなど、すでに現実化しつつある状況を描いた作家の慧眼を高く評価している。そして、「(登場人物の)ベン・アッベスの姿は、イラン大統領ロウハーニーを思い起こさせる」と述べている。 「服従」の出版当時は、シャルリー・エブド事件に配慮し、フランス国内での販売プロモーションを自粛していたウエルベックだが(とはいえ出版からたった1ヶ月で、フランス(35万部)イタリア(20万部)、ドイツ(27万部)と、3か国で売上第一位になっている)、スキャンダラスな発言でも知られるこの作家がいつまでも大人しくしているわけはない。この8月、フランスの二大新聞、『フィガロ』紙と『ル・モンド』紙が、それぞれウエルベックについての連載を一週間掲載し、夏の話題をさらった。対するウエルベックは、『フィガロ』紙には、インタビューに応じるなど協力的だったのに対し、『ル・モンド』紙には、自身への取材を拒否しただけではなく、彼の周囲の人間にも同紙の取材に応じないようにと箝口令を敷いた。さらに、「裁判はアミューズメントだ」と、彼独自の表現で、訴訟も辞さない姿勢を見せたので、他の雑誌までもがこぞってこの二紙の記事を取り上げるという波及効果をもたらした。まさにウエルベックの思うつぼ、メディアの姿勢を逆手に取った戦略だったと言えるだろう。 『ル・モンド』紙は、フランスの風景(ウエルベック自身も住むパリ中華街の高層住宅や、フランスの地方色豊かな地域など)、作家とマスメディア、訴訟やスキャンダル、宗教、社会的身体、そしてシャルリー・エブド事件やその影響を取り上げることにより、作家とこの作品、そして現代フランス社会の様々な現象が有機的な関係を造り上げていることを示した。 一方『フィガロ』紙は、 政治学者アラン・フィンケルクローとの対談を企画し、この作家の、「政治小説」、「社会学小説」などと形容される側面を中心に取り上げている。 ウエルベックに現代社会を読み取る預言者の役割を期待する風潮は強まっている。2016年にはパリのパレ・ド・トーキョーで、ウエルベックをキュレーターとする展覧会が開かれる。観客は1500平米の広大な会場を巡り、写真や映画、美術作品などを通し、小説を読むようにウエルベックの創り出す世界を経験するのだという。 『服従』は、誰にも無縁ではない現代社会の様々な問題を開示し、読者にそれらを解く鍵を与えてくれる作品である。その鍵をどのように扱うのかは、読者の裁量に任されている。 ──関口涼子(詩人・翻訳家)